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大阪高等裁判所 昭和24年(を)3331号 判決

被告人

長生儀十郞

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人幸節靜彦、同稻田喜代治の控訴趣意各第一点について。

所論はいずれも要するに貸金の利息は物価統制令の対象とならないと言うのである、物価統制令の目的とするところは終戰後の社会経済秩序の維持と國民の生活安定とのため物價の安定を確保するにあり(第一條)物価統制の対象としては価格、運送賃、保管料、保險賃貸料、加工賃、修繕料その他給付の対価たる財産的給付に及ぶ(第二條)のである。

わが國において物価の統制が戰時中から戰後の今日まで引続き行われていることは、周知のところであつて、戰時中の物価の統制は國家総動員法に基く価格等統制令を中心として行われていたが、終戰とともに戰時中の官僚統制に対する反感や政府の威信の失墜というようなその他の諸原因とも関連して戰後の経済秩序の混乱をもたらし、闇市場の出現を許し、物価の統制は全く有名無実と化し去ろうとした、政府もまたこの情勢に押され昭和二十年十一月二十日生鮮食料品の統制を撤廃したが、この結果一般大衆は正にインフレの猛威の前にさらされるに至つた、連合國最高司令部は政府の日用品雜品についての統制撤廃の申請を却下し、漫然と無計画に「統制より自由え」走ることを戒しめ、むしろ当時の経済的危機を克服するために統制を強化することが必要であることを示唆したので、政府はその後の情勢にかんがみわが國の経済秩序を再建するために民生安定のための物価統制の方針を明らかにするとともにその法的措置として從來の規定を全面的に整備し、強化して物価統制令(以下本令と言う)を制定公布し、同時に価格等統制令と暴利行爲等取締規則を発展的に解消せしめたのである、從つて、価格等統制令(以下旧令と言う)においても統制の対象を価格、運送賃、保管料、保險料、賃貸料、加工賃、修繕料その他の財産的給付と定め(第一條)その対象とする範囲は本令と同一であるが、旧令はその制定の当初の條文として「価格、運送賃、保管料、保險料、賃貸料又は加工賃に関し」と価格以下六種類を列挙限定してあつた、蓋し戰時に際して一般物価の騰貴を抑制し、その安定を図るためには物価構成要素の最も直接的なものを規制することによつて他の要素もおのずから抑制せられ一般物価昂騰の大勢を制し得るから、その必要にして充分だと考えるところの価格以下六種類を限定しそれ以外のたとえば請負賃、使用料、手数料、金利等のごときはこれを埒外におくを相当とする、と云うのが制定当初の考であつたのである。

しかるに、現実はこの制定当時の見透しを裏切つて六種類以外の修繕料その他のものの騰貴趨勢が一般物価に及ぼす影響甚大なるものがあつて右六種類列挙限定制に破綻をきたすに至つたがために、昭和十六年九月三日勅令第八四一号で右列挙の六種類の次に「修繕料その他の財産的給付」を追加して一挙にその範囲を拡大して殆んどすべての物価に及ぶこととなつたのである、以上本令の制定の経過及趣旨にかんがみるときは本令はその制令の当初から金利をも統制の対象とする意図を有していたことが窺知されるのである、蓋し金利が生産財、消費財賃金等あらゆる経済面に直接、間接の影響をもち、延いて高金利がインフレを助長し、國民生活の安定、社会経済秩序の確保に惡影響を及ぼすことは多言を要しないからである。

本令第二條にいわゆる「その他給付の対価たる財産的給付」と云う用語は、やゝ漠然としており難解であるが要するに契約によつて当事者の双方が互に対価の関係にある給付をする場合において、当事者の一方の給付が財産的性質を帶びているとき、それが「給付の対価たる財産的給付」になるのである、法律上利息附消費貸借における利息は、その支拂と云う借主側の財産上の出捐と金銭その他の物を借主に給付し自ら利用しないで借主をして利用せしめることによつて生ずる貸主側の財産上の出捐とは対価たる関係を有するのであるから「給付の対価たる財産的給付」に該当するものと解すべきであつて、利息が貸倒に対する保險料、貸出に要する手数料、貨幣価値の変動に対する補填料金等を不可分的に包含する場合にもこれが例外をなすものではない、かように利息が本令規制の対象となる以上本令第九條の二の適用あることは理の当然である、蓋し所論の利息制限法、臨時金利調整法、貸金業等の取締に関する法律は他法令統制額としての指定がないからである(本令第七條第一項第三項施行規則第八條)

更に所論は昭和二十四年五月三十一日公布貸金業の等の取締に関する法律が生れたことから見ても、利息が本令のいわゆる「給付の対価たる財産的給付」に該当しないと主張するもののようであるけれども、その非なることの地代家賃も本令の対象たる賃貸料に該当しながら、その後軽き罰則の地代家賃統制令が制定され、しかも他法令統制額としての指定のないことから容易に理解されるのである。

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